生産シェア、国内97%、国外20%という鯖江眼鏡産業は、どのように生まれたか?
雪国である福井では、冬の農閑期には出稼ぎに行かなければならなかった
自宅で正月が過ごせるように、地元に産業が欲しい
(出稼ぎ帰りのお土産として、水ようかんが有名)
時は、約100年前、日露戦争での勝利を伝える活字を見たい欲求が高まった
今後の活字文化を予測し、大阪より眼鏡職人を講師として向かえ、有志で学んだ
複雑な眼鏡製作の工程を、それぞれ分業、特化して取り組む形を採ったことが、
各工程における技術を磨き、今の地位を築いたのだろう
鯖江に住むものとして、
時代を読み、技術を学び、産業を作った鯖江の人に感謝と尊敬せずにいられない
2008-01-30
Fri Night